声なきこえ。<2>

 

 

 

 

「カード大会が行われているのはここを出てまっすぐ行ったところですよ。カードに自信はおありかな?」

遊びと享楽の眠らない街、トレノ。ダガーのもと家庭教師だったという、トットの案内でパーティーは無事にトレノへと辿り着いた。トットの家は不可思議な塔の中で、最上階には不思議な物がたくさんおいてある。

 カード大会が開催されているから、という口実で仲間を納得させて、ジタンはトレノへとやって来たのだ。

「なんなら、私がお相手いたしますよ」

 これでも昔若い頃は……と語りだしたトットを遮って、いやいいよ、と答えた。

「大会前に自信を失っちゃ困る。見たとこ、あんた相当強そうだし」

「ホッホッホッ……うれしいことを言ってくださる。いえいえ、私などまだまだ。では、健闘を祈っておりますよ。お気をつけて」

 既にエーコやビビ、フライヤ、サラマンダ―はどこかへと行ってしまっている。ジタンはトットに見送られながら塔を出、トレノ特有の薄暗い街中を歩いた。

 カード大会に参加、なんていうのは、ただの口実だった。アレクサンドリアから離れることができれば、べつに何でもよかったのだ。
でも、口実に使ったからにはやはり参加しないと訝(いぶか)られる。

ジタンは教えられた通りの道を歩いた。

 途中、何人もの貴族と見られる婦人や令嬢を見かけた。

だが、以前のようにかわいいと思う娘に声をかけたりすることはなかった。それどころか、なんの興味も湧かない。心が動かされない。

 はあ……、とジタンは溜息をついた。

 あの、ダガーの顔を今まで近くで見てきたからだろう。アレクサンドリア始まって以来の美姫と名高い彼女以上にかわいい女の子なんて、そうそういるはずもない。

しかもダガーは、顔だけじゃなく、中身までが心底かわいかった。優しい笑み、歌うような綺麗な声、優雅な仕種、抱きしめたら折れてしまうのではないかと思えるほど細い体なのに、自身の責任を果たそうとする凛とした意志。誰にでも見せるやさしさ───

「やめよう、不毛だ……」

ジタンは立ち止まり、頭を振った。

 いくら想っても、かなわないことが分かっている。

だから、どうにかして忘れようと、酒に入り浸ったり、こんなところへ来たりしているのだ。

なのに。

 

なのに、なぜ、頭の中に浮かぶのは、ダガーのことばかりなんだろう……。

 

「重症だな、こりゃ……」

 もう一度深く息をついて、ジタンは足を速めた。

 



 

 

 ……気がついたときには遅かった。ジタンは判断を誤り、思っていたのとは違うカードを出してしまっていた。

途端にカード同士のバトルが始まる。結果は目に見えていた。派手に激突して、ジタンの出したカードは赤色に染まった。

「おっさん!きたねぇぞ!」

 ジタンはこらえきれずに叫んだ。

目の前には、船乗りの制服を着たエリンがちょこんと座っている。けれど、ジタンが叫んだ相手はエリンではない。その真っ白な制服の膝の上に乗っている、ブリ虫に向けてだった。

「何を言っているブリ?ワシはただ、姫の様子はどうかと尋ねただけで……」

「それが汚いって言ってんだよ!それだけじゃねえだろ!ダガーと初めて会った時はこんなふうだったとか、初めてリンドブルム城に来た時にダガーが心細いだろうからって添い寝をしてやったとか!人の動揺を誘ってんじゃねえよ!」

「何とでも言えブリ。これが勝負の世界ブリ」

 そう吐き捨てると、ブリ虫はエリンに次の指示を出し、カードを出させた。

カードはジタンの置いたカードと激しくぶつかり、ジタンが置いたカードは赤に染まり、連鎖反応でもう一枚、赤に染められた。

「こんのブリ虫……!」

「……大公、ブリ虫の風上にもおけませんね……」

「なにを言うブリ?ワシはただ思い出話をジタンにしてやろうかと……」

「大きなお世話だ!」

 戦況は圧倒的にジタンの不利だった。

始めはジタンの方が圧倒的有利な状況だったのに関わらず、だ。あのブリ虫、もといシド大公は負けが込んできたと見るやいなや、先ほどのような話を持ち出し、ジタンの動揺を誘う作戦に出てきた。それがいちいちジタンの動揺を確実に引き出す内容ばかりで、相手に踊らされているような感覚に、ジタンは憤りを感じずにはいられなかった。

 落ち着け、落ち着け、まだ勝負は決まっていない。まだ挽回のチャンスは……

「そういえば、一年ほど前に、姫に縁談が上がってのう」

「なんだって!?」

「ブラネもいい話だと思ったらしく、姫にしきりに勧めとったブリなぁ……。その、相手とやらが──……ジタン、その手は本当にそこでいいブリか?」

「え?」

いつの間にか身を乗り出してシドの話に聞き入ってしまっていたジタンは、はっとして手元を見た。選んだのは、シヴァのカード。これを右下の空所に置くことで、一気に三枚、こちら側のカードが増えるはずである。

「その手には乗らねえぜ」

 そんな台詞を言って、人を不安にさせる気だろう。そんな初歩的な作戦には、乗ってやる気はさらさらない。

「ううん、惜しいブリなぁ……」

 ジタンは悠々とシヴァのカードをそこに置いた。カードのぶつかり合いが始まる。

そうして、勝ったのは……

「なんでっ!?」

 シヴァのカードが先に力尽きた。シヴァが赤く染められていく。

「だから、本当にそこでいいのかと訊いたブリ。そのカードは防御力が並外れて強いブリ。そう簡単には倒せないブリよ」

「嘘だろ……オイ」

空所はあと一箇所。つまり、ジタンに挽回するすべはもうない。シド側の赤いカード7枚に対し、こちらのカードはたった2枚しかなかった。

「本当に残念だったブリなぁ、ジタン。さあエリン、そのカードをそこへ」

「はい」

「ああああ……」

 二枚あった青いカードのうちの一枚が、赤く染められた。まさしく、決定的な敗北だ。

 

「勝者、チャンピオン・船乗りのエリンー!!」

 

 すぐさま会場内の観客たちが湧き上がった。

「ちくしょー……!」

「そうそう、さっきの続きブリ。その姫との縁談が持ち上がった相手というのが、トレノの貴族だったんじゃが、ブラネの前で失態を犯してしまってのう。結局その話はなしということになったブリ。まあたいした話じゃなかったブリな」

「なら言うな!」

 完全に相手のペースにはまってしまった。ジタンは負けたことよりも、シドに踊らされたことが悔しくてたまらず、足早に会場から出て行った。

「ちくしょう……なんて大人げのないブリ虫だ……!」

相手の言論にいちいち反応してしまう自分も自分だが。

「まあまあ、若いもんがそうカッカするでないブリ」

「誰の所為だ!」

振り向くと、後ろからくっついて来たらしい。エリンと、エリンに抱えられたブリ虫がすぐ後ろにいた。

「近頃の若いもんは短気でいかんのう……やれやれブリ」

「大公……」

ジタンは今すぐにでもそのブリ虫を奪い取って地面に叩きつけてやりたい衝動にかられたが、エリンがいるのでどうにか押さえた。エリンもあきれたような、疲れたような表情をしている。

「ところでジタン、本当に姫の様子はどうブリ?」

取って返してまじめな表情でそう訊かれて、どう答えるべきかジタンは迷った。

今日、すこしの間だけ対面した時は、傍目には元気そうだった。

けれど、ジタンには彼女があまり眠っていないだろうことや、不安を胸に隠し、他人の前では努めて明るく振舞おうとしているのがすぐにわかった。

「…………元気そうだぜ」

 さんざん迷った末、ジタンはそう答えた。

「本当ブリか?姫はまだ十六歳ブリ。そんな若さでありながらたった一人で一国の運命を担うなど、姫のあの細い肩には、重すぎるブリ。その上今までのことは全て、クジャとか言う正体の分からない人物が手を引いておったブリ。今後奴がどう仕掛けてくるかもまだわからないブリ……。姫が不安に思わないはずがないブリ。……それなのに、おまえが傍にいてやらなくて、どうするブリ」

「……心配ないさ。スタイナーや、ベアトリクスだってダガーの側にいる。おれなんか、ダガーは必要としていないんだ」

 ジタンは肩をすくめて、自嘲気味に笑ってみせた。

「ジタン、そうではなく───……おや?向こうから走ってくるのは、おまえの仲間じゃないブリか?」

「え?」

言われて振り返る。すると、向こうから走ってくる、小さな姿が見えた。

ジタンの名を大声で呼んでいる。なにやらそうとう焦っているように見えた。

「エーコ?」

 なにか、……なんだろう、悪い予感がして、ジタンはエーコに駆け寄った。

「ジタン、大変よ!!」

「どうした、なにがあった?」

 エーコは走ってきた所為で肩で息をし、しゃべるのも辛そうだったが、一度深く息を吸うと、一気に言った。

 

「アレクサンドリアが襲われてるの!!」

 

「な……!?」

「モグが教えてくれたの!ジタン、ダガーが危ないわ!」

 ダガー、と聞いてジタンははっとした。

そうだ、アレクサンドリアにはダガーがいる。そのアレクサンドリアが襲われたということは、少なからずダガーが危ない、ということになる。

「なんということブリ!」

「エーコ、アレクサンドリアに戻るぞ!みんなを集めてくれ!」

 わかった!と叫び返すと、エーコは来た道を引き返し始めた。

驚いている場合ではない。一刻も早くアレクサンドリアへと戻って、ダガーを助けなければ!

しかし、自分たちはアレクサンドリアからここまで、歩いてきたのだ。走ってアレクサンドリアへ帰っていたら、到底間に合わない。

 くそっどうすりゃいいんだ!?

「今度はアレクサンドリアが……!また、クジャの仕業か……!?」

 シドが悲痛な声を洩らした。シド……そうだ、ここにはシドがいる!

「おっさん!」

 ジタンはエリンに抱えられたシドに詰め寄った。小さなブリ虫の体を揺さぶって、問い詰める。

「ななな何事ブリ!?」

「おっさん、ここまで飛空挺で来たんじゃないのか!?」

「そそ、そうブリ。飛空挺で来たブリ」

「なら、おれたちを乗せてアレクサンドリアまで連れて行ってくれ!今すぐ!」

まさに引きちぎらんばかりの勢いに圧されて、シドはすぐさま首をぶんぶんと振る。

「わわ、わかったブリ!わかったから、揺さぶるのはやめてくれブリ!」

 

無事でいてくれ、ダガー……!

 

 

 

 

 

 ダガーは、はっとして伏せていた瞳を開いた。

 今いるここは、先ほど指示を与えるために兵士を集めた広間。

城の外では大変なことになっているというのに、指示を仰いだ兵士たちが去っていってしまったここは、静寂に満ちている。

「ジタン……?」

 一人になった途端、突然奇妙な光りに包まれ、頭痛を感じてうずくまったダガーの耳に、確かにジタンの声が聞こえたような気がした。すると嘘のように頭痛がひいていってしまったのだ。

「気のせい……」

 ジタンは……みんなはどうしているだろう。

 ちゃんと、逃げることができただろうか。

この街を襲っているもの──かつては、ダガーの中にいたはずの、バハムートから。

「ジタン……」

ダガーはこの目で見た。バハムートがその脅威なる力で、次々と街を破壊していくのを。

その光景を思い出して、ガーネットは胸を痛めた。無意識の癖で宝珠に手をやって、その存在を確かめる。

「ジタンが、いてくれたら……」

 思わずそんな言葉が出て、ダガーは首を振った。

「いけない。またわたし、ジタンに頼っているわ」

 これは、自分でどうにかしないといけないのだ。自分の国と、自分の召喚獣なのだから。

そう思ったとき、何か聴こえたような気がした。襲撃の音ではない。なにか、もっと静かで、優しくて、きれいな……───音楽だ。

「音楽?いったい、どこから……?」

不思議な音色と、旋律だった。
竪琴などの弦楽器の奏でる音色ではない。なんだか、人の歌声にも似ているような気がする。

ガーネットは惹かれるように、その音がする方へと足を踏みだした。

 

 

 

 

 

「おっさん!もっとスピード出せないのか!?」

飛空挺の甲板からジタンが怒鳴る。

「これ以上は無理ブリ!」

「クッソ……!」

普通の飛空挺と比べてたしかに速いのだが、今のジタンにはひどく遅く感じられる。

「落ちつくのじゃ、ジタン。気持ちは分かるが、今は焦ってはならん」

 フライヤが側に来てそう言ったけれど、ジタンは落ちついていられなかった。

「ダガー……!」

 ジタンがこぶしをぎゅっと握り締めるのを、エーコは複雑な思いで見ていた。

 いまジタンの頭の中には、正真正銘、ダガーのことしかないだろう。

ダガーのことは心配なのだが、尋常でなくダガーの心配をするジタンに、エーコの胸はちくりと痛んだ。

 その横を、不調を訴えて船室に引き上げるビビが通り過ぎようとして、驚いた声をあげた。

「あれ?エーコ……」

「なによ」

「いま、何か光ったような……」

「え?」

 自分の体を見下ろして特に異常は見当たらず、見間違いじゃないの?と言いかけたその時だった。

自分の胸のあたりに、強烈な光の球が輝き、そしてゆっくりとしぼんでいった。そして、また光る。

「宝珠っ……!」

 今日、ダガーに会いに行ったときにもらった二つの宝珠が、光を発していた。

「聞いたことがある……この光……」

 エーコは光る宝珠を見つめて、呟いた。

「どうしたブリ?」

先のほうの甲板から、シドが声をかけてくる。

それにはかまわずに、エーコは感じていた。

 いる。

 同じ召喚士の一族の血をもった人間が、すぐそばに。

「いかなきゃ……」

 半ば夢うつつのように歩き出したエーコを見て、誰もが驚いた。

エーコが向かう先は飛空挺の舳先(へさき)。そらにそこを進めば、空だ。

「エーコ!?」

「聖なる審判が始まる……」

 なぜか、誰にもエーコを止めることはできなかった。

エーコは、ためらいもなくその小さな身を空中に躍らせた───。

 

 

 

 

 

 そのころ、ダガーは一人、音楽に導かれるままに女王の間から続く塔をのぼり、外へと出た。

「この城に、こんなところがあったなんて……」

 不思議なことに、今までほとんど誰も通ったことがないはずなのに、外へ出るまでの通路にはあかあかと燃える火が灯されていた。それに、ダガーが通った後にはすかさずその剣を振り下ろし、後戻りを許さない一対の鎧の兵士たちもいた。あきらかに生命体ではないそれらがどういう仕掛けになっているのか、ダガーには全く分からなかった。

 そして今目前には、再び階段がある。

引き返そうにも、今通った出口にもまた薄い光の膜のようなものが張っていて、ダガーが通るのを拒んでいる。

 進むしかない。

それになぜだか、行かなければならない気がする。

 ダガーは慎重に階段をあがっていった。

そう長い階段ではなく、上がっていくと、円形にひらけた場所に着いた。

「ここは……」

 ダガーはあたりを見回す。アレクサンドリア城の代名詞とも言える巨大な剣がすぐ近くにそびえている。眼科に見える景色からしても、そうとうな高さであることは間違いない。こんなところに、ここは、どういう目的で造られたのだろう……。

 その時、突然まばゆい光が発せられた。

「きゃあっ!」

 暗闇に慣れていた目はその強烈な光に耐えられず、ダガーは目をきつく閉じた。

  宝珠が、光ってる……!?

 何が起こっているのかを確かめようと次にダガーが目を開けたとき、ダガーはもっと驚く光景を目にした。

 

 エーコが、目の前にいた。

 

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