声なきこえ。<3>

 

 

 

 

「ダガー!どこだ!?」

 ようやくアレクサンドリア城に辿り着いたジタンたちは、城中を探して走った。

広間には誰の姿もなかった。
図書館にはまだ逃げていない学者たちがいて、ダガーの居場所を尋ねたが誰も知らないようだった。さらに走って、上へとあがる。厨房にもまだ避難していないコックがいたが、誰一人としてダガーの居場所を知る者はいなかった。

 いまだ避難していない者たちに避難するように告げて、ジタンはまた走った。

さらに上にあがる。ダガーの居室、女王の執務室、全て中へ入ってみたが、中はもぬけのからであった。

「ダガー!」

 ジタンの心に焦りばかりが募ってくる。

ここから無事に逃げ延びてくれたのなら、それでいい。だが、もしも危険な目にあっていたりしたら……。

「くそっ!」

 自分への苛立ちも募る。

そんなジタンに、シドは忠告する。

「ジタン、冷静になれブリ。気持ちは分かるが、焦っても姫は見つからないブリ」

「わかってる!」

 語気荒く返してしまってから、ジタンはうなだれた。

……これでは八つ当たりだ。許せないのは、自分自身なのに。

「……すまねぇ、おっさん。冷静でいなきゃならないことは、わかってるんだ……わかってるんだけど……」

 冷静でいられない。ダガーのことばかりが心を占める。

早く無事な姿を見たい。あの声が聞きたい。

「ジタン……」

 

「ジタン!こっちの方に、通路があるよ!」

 

ビビの声が響いて、急いでそちらへ向かう。

見ると、ダガーの居室から向かい側の扉が開けられており、その向こうは細い階段だった。

 こんな通路があることを、ジタンは初めて知った。

以前ダガーを誘拐するためにこの城へ来た時に、ジタンはブランクと共にバクーからアレクサンドリア城の構造を徹底的に頭に叩き込まされた。だが、その中に、こんな通路があることは含まれていなかった。秘密の通路なのだろうか。

いや、いまはそんなことを考えている場合じゃない。

ジタンたちは急いでその階段を駆け上がった。

 

 

 

 

「エーコ、どうしてここに!?」

 ダガーは驚いて目を丸くして尋ねた。

そのダガーが見守る前で、エーコはふわりと地面に着地した。エーコの首に下げられている宝珠もまた、ダガーのものと同様に光っている。

「ダガー!そんなことよりも、この光はね、あたしたち召喚士の運命の光なのよ!」

「運命の、光……?」

 ダガーは呆然として、エーコの言葉を繰り返した。

「そう、運命の光!この光こそが、四つの宝珠に隠された力なの。この光がね、召喚士のまわりに現れた時、その召喚士は聖なる召喚獣に呼ばれているの!」

エーコは力いっぱい言うが、やはりダガーにはよく理解できない。

要するに、自分が音楽に惹かれてここまで来たのも、宝珠が突然光りだしたのも、召喚獣に呼ばれているから、ということだろうか。

「さあダガー、召喚士の運命をまっとうしなければ!」

 エーコがそう言って小さな手を差し出す。けれど、ダガーにはどうしたらよいかわからなかった。

「大丈夫よ、エーコの言う通りにして!まず、手を合わせるのよ」

 言われて、ダガーはおずおずと自分の手を出して、エーコの手と合わせた。

「こうかしら?」

「そう!そして、心の中でこうつぶやくの」

 

 『我らの守護神よ 大いなる守護神よ』

 『此の地の光が途絶えし 此の地に闇が訪れし』

 『我らの守護神よ 聖なる守護神よ』

 『神につかふる者の祈りを聞き届けたまえ』

 

 唱え終わると同時に、目がくらみそうなほどの光りに包まれた。やさしくあたたかい光に、ダガーとエーコは目を閉じてその身をまかせる。

 

 いま、聖なる召喚獣がふたりによって召喚された────

 

 

 

 

 

 

「どうやら、この先に姫がおるようだブリ」

 細い階段を上がって、出てきた場所は外だった。

すぐ目の前にまた階段がありそれを目でたどってみると、その先で青白い光がまばゆいほどに輝いているのがわかった。

「ダガー……!」

 ジタンはほとんど無意識のうちにその名を呼んだ。

「よし、早くあそこへ行くブリ!」

 みんなが駆け出そうとする、そのとき。

 

「待ってくれ」

 

 ジタンは静かに言った。みな、何事かとジタンに注目する。

ジタンは仲間一人一人の目を見て、静かに、だけども、強い決心を込めて言った。

「おれ一人で行く。みんなは、先に避難していてくれ」

「ジタン!?」

「どうして……!」

 一緒に行こうよ、と珍しく強い調子でビビが言う。

けれど、もうジタンは決めていた。

「おれ一人で行かせてくれ。それにこんな大人数で行っても、いざ逃げる時に必ず誰か遅れちまう」

「でもっ……!」

「ビビ、頼むから分かってくれ。おれは今ダガーのことで頭がいっぱいで、みんなを守れる自信と余裕がないんだ!」

こうやってみんなを説得している間にも、ジタンの頭の中はダガーのことで一杯だった。はやく彼女のもとへ行きたくて、足は今にも駆け出しそうだ。

「……」

「ビビ、ジタンの言う通りじゃ。ここはジタンにまかせておけばよい。私たちは一足先に、外へ」

 フライヤが説得すると、わかったよ、とビビは納得してくれた。

「では、ジタン。姫を頼んだブリ!」

サラマンダ―とシド、そしてフライヤが今のぼってきた階段を下り始める。

「ジタン、気をつけてね」

ああ、とうなずくと、ビビも身を翻して走っていった。

それを見届けてから、ジタンも走りだした。

目指すのはただ一人。

───ダガーのところへ。

 

 

 

 

 美しい羽に包まれたアレクサンドリア城は、バハムートの攻撃にも傷つくことはなかった。

けれど、ダガーにはこれで安心することはできなかった。

バハムートが現れたということは、おそらく、クジャが裏で手を引いているのだろう。ダガーは以前、イーファの樹で母親が黒魔道師を使って召喚したバハムートを、反対にクジャが操ったのを覚えている。おそらくは、あの、空に出てきた不気味な目。あれを使って。

クジャのことだ。おそらくまだ何か手札を持っている。

それに、バハムートの攻撃が効かないからといって、バハムートを消したわけではない。いくらこの召喚獣でも、バハムートの強力な攻撃にそう何度も耐えられるとは思えなかった。

「ダガー!あれを見て!」

 エーコが驚いた声で空を指差す。

「!」

 エーコが指差した先の上空には、あの、不気味な目が出現していた。

危険を察知したのか、また、アレクサンドリア城が真っ白な羽に包まれる。

 ダガーは異様な不安を感じた。

 頼ってはいけない、と思いつつも、その名を心の中で叫ばずにはいられなかった。

アレクサンドリア城が、激しく揺れた。

「きゃああっ!」

立っていられないほどのその揺れに怯えながらも、ダガーは目の前の真っ白だった羽が次々と血色に染まり、やがては骨になって消えていってしまうのを見た。

  召喚獣が……!

それでも揺れはおさまらない。激しい揺れは、だんだんとダガーたちの足場をもあやうい状態にした。いくつもの裂け目が走り、このままでは足場もろとも地面に叩きつけられてしまう!

けれども、激しい揺れはダガーたちに逃げることを許してはくれなかった。

 大きな音をたて、ダガーとエーコの間に一段と大きな裂け目が走る。

ぐらり、と足場ごと体が傾くのがわかった。

「エーコ!」

 伸ばした手は、届かなかった───。

 

「ジタンっ……!」

 

 

 

 

 

「おわっ!」

 階段を駆け上がりながら、ジタンは一際大きな揺れを感じた。

立っていられず、階段に手をつく。

「なにが、起こってるんだ……?!」

 揺れに耐えながら、とめどない不安を覚える。

ダガーは無事だろうか。

もう何度目かわからないが、こぶしを強く握り締めた。

 『おれがついていれば、こんな目にあわせなかったのに……!』

 以前、ダガーはブラネに囚われて、その身から召喚獣を全て奪われた。

意識を失い、横たえられた彼女の血の気のない顔を見たときに、自分はそれまで経験したことがないほどの怒りを覚えた。彼女をこんな目にあわせた者と、彼女を守ることができなかった自分に。

二度と、こんな目にあわせたりはしない。

 この手で守る。

あの時、自分はそう決めたはずだ。この手でダガーを守っていくと。

 ……それなのに、いまはどうだ。

また、同じ後悔をしている。同じ憤りを感じている。

 

 ───馬鹿だ。

 

 おれは馬鹿だ。一度ならず二度までも、一番守りたいと思っているものから離れた。

身分というものに捕らわれて、大切なことを忘れていた。

 ───自分が、どうしたいかということ。

 ダガーを助けたい。守りたい。傍にいたい。支えていたい。

そのためにどうすればいいかなんて、方法はいくらでもある。それこそ、バクーが盗賊ということを逆手に取ってシドに協力しているように。

 自分はその方法を考えようとしなかった。

無理なくせに、逃げて、ダガーのことを忘れようとした。ダガーの所為ではないのに、自分から離れていってしまう彼女を責めた。

彼女は母親と、母親が守ってきたこの国を愛していた。だから、彼女が自分で女王に即位することを決めたのは、自然なことだったのだ。自分と、両親の愛した国を守るには、そうするしかなかったのだから。

結果的に自分たちは離れてしまったかもしれない。

けれど、ダガーの心は離れていなかったはずだ。

もしダガーが遠く離れてしまうのなら、自分がその分近づけばいい。

見守るだけではだめなのだ。自分が。
そのことはもう、充分すぎるほど思い知った。

傍で、あの声を聞きながら、守りたい。

そのためにまずどうすればいいかなんて、単純すぎること。


 ダガーを助けて、一緒にここから脱出する!


ジタンは揺れのなか、立ち上がって再び駆け出した。

 そして……駆け上がっていると、ある大変なことに気がついた。

 よく見ると、揺れるごとに階段に割れ目が入ってきている。

「こりゃ、やべぇな……」

 それでも、引き返すことはしない。上を、ダガーを目指してただ走る。

てっぺんまで、あと一歩。

と、ふいに階段全体がぐらりと傾いた。

「うわっ!」

一瞬バランスを取り損ねたが、すぐに持ち直す。

そして、

 

「ジタンっ……!」

 

 確かに、聴こえた。

あれほど、焦がれて、聞きたかった声。

 

彼女が、自分を呼んでいる。

 

 あとはもう、何も考えなかった。

傾いた足場を一歩大きく踏み出して宙に飛び出し、そのまま割れた破片を持ち前の身軽さと素早さで次々とたどっていく。

 ──見つけた!

ダガーはゆっくりと傾いていく大きな石に掴まっていた。

 ジタンは一蹴りで彼女のいる足場へと跳ぶ。その途中、視界に入ったある物を反射的に掴んだ。

「ダガー!」

「ジタン!?」

 ジタンはすがりついてきたその細い体を強く腕に抱きしめた。
あまりゆっくりはしていられない状況なのだけれども、互いの存在を確かめてきつく抱き合う。

けれど、足場は、あらたな重さでさらに傾いていく。

「大丈夫」

 おれが守る。

あとの部分は声には出さずに心の中で呟き、ジタンはダガーの体を抱きしめたまま、足場を踏みしめて、思い切り蹴った。

 二人の体は簡単に宙へと舞う。

───けれど、地面に叩きつけられることはなかった。

 以前ダガーが城を飛び出したときに、城から劇場艇へと移動に使った物と同じもの。城に取り付けられた、いくつもの三角形の旗をつけたロープを、ジタンはその手にしっかりと掴んでいた。

 ずっと顔をうずめていたぬくもりが、不意にこちらを見上げるのがわかった。

 大丈夫、と言う代わりに目を合わせて微笑むと、ダガーは瞳を潤ませた。

それがかわいくて愛しくて、ジタンはダガーを抱く手に力を込める。再び強く抱き合って、ジタンは、このぬくもりをずっと感じていたい、とそう願った───。

 

 

 

 

 

 ……まあ、今回は仕方ないわよね。

恋人同士のように強く抱きしめあう二人の真上───同じロープの少し上に掴まりながら、エーコは二人をずっと見ていた。

 あれだけジタンもダガーのことを想っていたわけだし、心配していたわけだし……。

そうは思っても、やはり、自分の存在をまるきり無視されるというのは、気分のいいものではない。その上、堂々と自分の真下で抱き合われるのも。

したがって、少しくらいふてくされた顔になったって、誰も文句は言わないはずだ。

エーコは、思う存分ふてくされた顔をして、真下で抱き合う二人に早く気づけと念を送りつづけた。

 

 

そういえば、ジタンはあんなにもダガーのことを想っているけど、ダガーの方はどうなのかしら?

 そうだわ。今度、きちんとダガーに確かめなくちゃ!

ダガーも同じくらいジタンのことを好きじゃないと、やっぱりあきらめきれないもんね。

ジタンほどかっこいい人なんて、そうそういないんだから!

 

 

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