狂爛の宴
<5>





「ジタン……?」
 いつもと様子の違うジタンに気づき、怯えた。その彼女を抱きすくめながら、ジタンはなお問う。
「あいつと、何話してたんだ?」
 ガーネットは怯えた。いつもと様子の違うジタンが恐かった。
「なにって……とくには、何も話していないわ」
 本当のことだった。たいそうな話なんて、なにもしていない。
「彼、昔、マダイン・サリにいた頃の友達に、そっくりなの。それで……」
言いながらガーネットは、はっと気がついた。
それで────……自分はどうするつもりなのだろう?
似ているだけで別人の彼と、思い出話でもするつもりなのか。
彼と面影を重ねて、どうしようというのだろう。
「召喚士の生き残りは、おまえとエーコだけだって聞いた。あいつは、別人なんだろ?」
「っ……」
 そう、別人だ。アルクゼイドであるはずがない。
でも、似すぎているせいで、錯覚した。彼は生き延びていたのではないかと。期待した。
  いいえ……まだ、わからないわ。
 彼もあの嵐の中を、生き延びたかもしれない。生き延びて、なにかいきさつがあって、この大陸に来て、この屋敷に引き取られたのかもしれない。
 確かめたい、とガーネットは思った。本当にコウジュはアルクゼイドと何も関係がないのか。
「ガーネット。あいつにはもう、近づくな。あいつは、おまえを──玉座を狙っているイララ・クシュハルトの息子だぞ」
 その言葉にガーネットは無言で首を振った。
ジタンは顔を歪める。だがジタンの胸に顔を押し付けた格好のガーネットは、それに気がつかない。
「彼に確かめてみるわ」
「ガーネット!」
「彼に、もう一度会ってみる」
 強く言った。
 確かめたい。彼は何者か。
抱きしめる腕にいっそう力がこもった気がした。
「……っ勝手にしろよ……!」
絞りだすような声で言ったかと思うと、ふっとぬくもりが離れた。
ガーネットを放し、ジタンは身を翻して、さっと窓から出て行く。
「ジタン!」
 呼んだが、もうすでにジタンは視界からいなくなってしまっていた。
「…………」
 ……怒ってしまったのだろうか……?
 違うのに。確かめたいだけなのに。ジタンを怒らせたいわけじゃないのに。
「……ジタン……」
 ガーネットはしばらくその場で立ち尽くし、ジタンが出て行った窓を見つめていた。
が、しばらくすると思い立ったように顔を上げ、夜着の上からストールを掛けると、そっと部屋から出て行った。






 部屋の外には二人の衛兵が眠らずに警護についていた。
しかしベアトリクスはどうやら控えの部屋で休んでいるらしく、いない。
 これならば、とガーネットは少し部屋の扉を開け、二人の兵にこっそりとスリプルを唱えた。
「お……?なんか……おれ……眠く、なってきたぞ……?」
「おれも…だ……。だめだ、ねむ………」
 倒れそうになった兵士の一人を慌てて支え、ゆっくりすわらせて壁にもたれ掛けさせる。もう一人の方は、うまく立ったまま壁に背をもたせて眠ってくれたようだ。
 ガーネットはホッとして、急いで扉を閉め廊下に出た。
やわらかい絨毯のひかれた床は、うまくガーネットの足音を消してくれる。そっとガーネットは階段をおりた。
階段をおり、しばらく廊下をまっすぐに行くと、突き当たりに扉がある。その扉の向こうは渡り廊下になっていて、そこから外へ出られるはずだった。
 そっと扉に両手をかけ、力を込めると扉はあっけないほどすぐに開いた。
外に出ると、晩春の夜の風は少しだけ冷たくてガーネットはストールを肩にかけなおす。
渡り廊下を外れて、きれいに手入れが行き届いている庭を歩いた。
空を見上げると、二つの月が仲良く並んで浮かんでいるのがぼんやりと見える。どうやら、今はトレノの外でも『夜』らしい。
ガーネットは衛兵に出くわさないよう、できる限り用心して歩いた。
そうしてずいぶんと歩くと、ガーネットは庭園らしきところへ出た。
アレクサンドリア城の庭園ほどの広さではないが、きれいに区分けされ、きちんと世話されている。所々に蔓バラを見事に巻きつけたアーチがあったりして、なかなか趣のある庭園だ。
 庭園の中に小さな東屋(あずまや)があったので、ガーネットはそこへ行ってみた。
間近でよく見てみるとその柱や屋根には細かい細工がほどこしてあり、なんとも優美であった。その中に備えてあった木のベンチに腰掛けて、ガーネットはぼんやりと庭園を眺めた。
 ガーネットはなんとなく予感していた。
外に行けば、会えると。
誰と、かは知らない。
そして、まったく確証のないものだったけれど。


「────……こんな暗闇の中お供もつけずに、どうかしましたか?」


 どうやら、予感は当たったらしい。
ゆっくりと近づいてくる足音がする。
月の光を浴びて姿を現したのは、コウジュだった。
ガーネットは視線をそちらに遣る。彼もまた、宴のときの礼装をまとったままだ。
「そちらに行ってもよろしいでしょうか」
どうぞ、と答えると、コウジュは彼女のとなりに腰掛けた。
「……眠れないのですか?」
「……ええ」
ガーネットはどう切り出せばよいものか分からず、言葉に詰まる。
まさか単刀直入に「あなたはアルクゼイドですか?」と訊いてみたところで「はい、そうです」なんて言うはずもないだろう。しかし、他にどうやって確かめればいいのか……。
「……面白い話をお聞かせしましょう」
「え?」
唐突に呟いたコウジュについていけなくて、ガーネットは思わず下げていた視線をコウジュに向ける。
コウジュは、どこか遠い目をしていた。

「すごく大切だった少女のために何もできなかった、無力な少年の話です」

コウジュは戸惑うガーネットに、ふっと笑いかけると、そのまま話し始めた。
「……その少年が住んでいた村は、争い事もなく、とても平穏な毎日が続いていました」
その少年には、とても大切に想う少女がいた。少女はよく少年になついていて、毎日のように二人は一日中遊び明かした。
「少女はもともと明朗活発でしたが、他の子供からだんだんと苛められるようになり、ついには一人で外へ出ることにも怯えるようになってしまいました。しかし少年が一緒なら、少女も外へとためらいなく出た……。少年はそんな少女を愛しく、そして『守るべきもの』として大切にしていた。少女には自分がついていないとダメなのだと。………どんなことが起ころうとも、自分の手で少女を守ると、少年は幼いながらも思っていたのです」
 けれど、運命の日は唐突にきた。
「村をひどい嵐が襲い、村人の半数以上が死に至らしめられました」
少年は吹きすさぶ風と猛烈な炎の中、必死に少女を捜した。少女の家やいつも二人で行っていた遊び場を、少年は必死で捜し回った。……けれど少女はどこにもいなくて、捜しているうちに、少年は崩れてきた建物の下敷になってしまった。
「……そうして少年が大人たちの必死の看護によって気がついたときには嵐は去り、少女はその母親とともに舟によって島を脱出したという知らせを聞かされました」
少年は、己の無力さを痛感した。
嵐の中少女を助けられなかったこと。危険な海へとみすみす行かせてしまったこと。
どれだけ自分が無力か、ちっぽけな存在であるかを思い知らされた。
そして、少女には自分がついていないといけないと思い上がっていたのが、実は相手がいないと駄目なのは、自分のほうだったことに気がついて愕然とした。
「少年は無力な己を呪った。力を欲した。そして……──嵐から数ヶ月後、少年も少女の後を追って海へと出た」
 何日も漂流した。飲み水も食糧もすぐに尽きた。何度も意識を失いそうになった。そうして、何日か後、少年はある街の港に漂着した。
「少年はそこである夫婦に拾われた。そしてその夫婦の養子となり、その養子となる際に、体の一部を切り落としました」
「体の一部……?」
 ガーネットは呆然として聞き返した。
 コウジュはふと悲しげに笑って、立ち上がった。二つの月を背負って立ち、ついとガーネットに片手を伸ばした。そして、いたわるように言う。
「……痛かったろう?」
 コウジュの指が、そっとガーネットの額に触れる。
そこは、かつてガーネットがアレクサンドリア家に引き取られる時に切り落とされた、角があった部分だった。
 ガーネットは静かに目を見開いてコウジュを見つめる。
「……少年はその体の一部を切ることを、進んで受け入れた。これも、少女を守れなかった自分への……──罰だと」
 コウジュはそう言って目を伏せた。
ガーネットにはその表情が泣いているように見えたのは、気のせいだろうか?
 再び目を開けると、コウジュはどこか寂しそうに言った。
「ある無力な少年の……作り話ですよ」
 ガーネットは思わず口を開いた。『彼』の名前を、呼ぶ。
 けれど、それはそっと青年の指によって遮られた。
長話をいたしました、とコウジュは呟いた。

「おやすみなさい…………────よい夢を」

 微笑して、コウジュは手を放した。
自分が身に付けていたマントを外し、ガーネットの肩にふわりとかけると、その場から身を翻して去っていく。

思わずガーネットは立ち上がり、
「アルクゼイド……!」
 『彼』の名を呼ぶ。
彼は一度足を止め、肩越しに悲しげに微笑むと、また歩き出した。
ガーネットは花の中に立ち尽くす。
眉尻を下げ、去っていく青年の背中を見つめていた。
胸が、切ない。




一陣の風が心の中を駆け抜けていくのを、静かに感じていた───






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