どういうことなんだ?!どうしてガーネットがここに!?
めまぐるしく頭の中に疑問符が駆け巡るジタンをよそに、ガーネットとクシュハルト氏は会話を進めた。ジタンは混乱していて、それらをほとんど聞き取ることができなかった。かろうじて聞き取れたのは、最後の言葉だった。
「お疲れでございましょう。案内させますので、お部屋にてまずはおくつろぎ下さい。今宵は宴を用意いたしておりますので、一刻ほどした後、お迎えにあがります」
すぐに使用人の列の最後尾にいた年配の女性がご案内いたします、と言って進み出た。
ガーネットはもう一度クシュハルト氏に向けて礼をすると、ベアトリクスや侍女たちを率いて女性の後につづく。
しずしずと階段の方へ向かい、姿を消していくガーネットたちを、ジタンは内心焦りを伴いながらトットとともに見送った。
「それでは、イララ大臣殿。わたくしどもも陛下のもとへと参らせていただきます」
トットが一礼する。ジタンもそれに従って一礼し、クシュハルト氏の前から退出した。
「いったいどういうことなんだよトット先生!?さっぱりわけわかんねーぞ、どうしてガーネットがここに……むぐっ!」
人のいない廊下に出た途端、ジタンはトットに詰め寄った。疑問符が頭の中で暴れている。早くどうにかしてもらいたい。一切合財説明してもらいたかった。
だが、その口は途中でトットの手に抑えられた。
「マーカス殿、ここはクシュハルト邸。どこで誰が聞き耳をたてておるかわかりませんぞ。ガーネット様、もしくは女王陛下とお呼びくだされ。それと、もう少し声を抑えて」
わかりましたな? と言われジタンはうなずく。わかったから、はやく充分な説明をしてくれ、とジタンは少し声を抑えて求めた。
わかりました、と答え、ゆっくりと歩き出しながら、うつむき加減にトットは話し出す。
「……ことの始めは、数日前の定例会議でのことです」
その日のもっぱらの議題は、今年の予算についてだった。先の大戦で大きな痛手を受けたアレクサンドリアの復興に当てる費用や他国に対する賠償金で、すでにアレクサンドリアは火の車だ。それでも国を維持していくために、どうやりくりしていくかが、一番の焦点となった。
そこで、一人の大臣が発言した。
「『わたしの財をアレクサンドリアの予算に提供してもよい』、とその大臣は申し出ました」
その会議に出席していた者は皆驚いた。なぜなら、その男は議会の中でも一番の権力と財を持っていたから。
「しかし……わたしもガーネット様も、手放しでは喜べなかった。なにか、必ず裏があるはずだと、警戒いたしました。……そして、案の定」
『しかし、そのかわり、今度予定されております女王陛下のトレノへの視察の際には、ぜひともわが屋敷にて滞在していただきたい』
その大臣はそう言い添えた。
「つまり、これが何を意味しておるのか、分かりますかな?」
言われて、ジタンは考え込んだ。
今の話の大臣とは、すなわちこのクシュハルト邸の主のことだろう。確かに、この屋敷を見ても分かるとおり、かなりの大富豪であることは間違いない。だがしかし、その財をアレクサンドリアの国庫に預けるとは、なんとも気前が良すぎる。しかも、女王が数日間自分の屋敷に滞在することが見返りだなどと。
ジタンは頭をひねった。
「……こう言った方が分かりやすいですかな。自邸に滞在してくれと言ったクシュハルト氏には、年頃の息子がおります」
あ、とジタンは目を見開いた。
「つまり……いったんはアレクサンドリアに財を預けておきながら、女王を自分の息子と結婚させて息子を王にさせ、今度はアレクサンドリア自体を手に入れるってことか……」
「はっきり自分の息子と結婚と結婚しろとは言わないところがまたなんとも卑怯ですな」
トットがきっぱりと言った。
もし、直接的に『財を与える代わりに息子と結婚しろ』と言ったのなら、なんのためらいもなくガーネットは拒否しただろう。それを見越した上で、クシュハルト氏は『自邸に滞在しろ』と言ったに違いない。そして、トレノに視察に行くガーネットに滞在を断る理由は、表面上、ない。
「マーカス殿は、この屋敷の主が、本当に女王が数日間滞在しただけで財をやすやすと渡すように見えましたかな?」
「いや……」
「必ず、女王陛下がこの屋敷に滞在している間に、なにか仕掛けてくるはずです。結婚の交渉なり……暗殺なり」
最後の言葉にぎょっとする。
「なっ……!」
「現在、ガーネット様の他に王族はおりません。ブラネ様が即位なさったころにはすでに、他の血縁は皆絶えておりましたから。そうなると、自然に王位継承権は議会で一番の権力をもっている、イララ・クシュハルト大臣が第一位なのです。……大戦以前はベアトリクス将軍もガーネット様の次に継承権を持っておりましたが、あの大戦の原因に深く関わったことで、剥奪されました。大戦後、武人が王位に就くことを議会も良しとしなかった。よって、スタイナー殿も候補者から外されました。そして、残ったのは議会で権力を誇るクシュハルト氏というわけです」
淡々とした口調でトットは告げる。その口調に似合わず、説明はひどく衝撃的なことだった。
「つまり、現女王を殺してしまえば、自動的に王位は自分のものっていうわけか……」
「そうです。ガーネット様が御子をお産みにならないうちは」
少し前を歩いていたトットはそこでジタンを振り返り、満面の笑みでがんばってくださいね、と言った。
ジタンは一瞬ぽかんとしたが、すぐにその意味を悟り、顔を真赤にした。
「なっなななななっ……!」
「いやいや、照れずとも。お若いのは良いことですなぁ。ホッホッホ」
「トット先生!」
「まぁ、若い者をからかうのはこのあたりにしておいて───マーカス殿」
またトットは急に真剣な表情に戻る。真摯な目でジタンを見上げて、言った。
「ガーネット様を、どうかよろしくお願いします」
真剣な目を受け止めて、ジタンは深くうなずく。
「言われずとも」
ジタンの答えを聞いてトットはにっこりと笑うと、また歩き出した。
「ガーネット様のことだからおそらくあなたには何もおっしゃらずにトレノに赴きになるだろうと思っておりました。しかし、今度のことはガーネット様お一人で抱え込んでしまうにはあまりに荷が重く、そのうえ危険なこと。ですから、わたしはこうしてマーカス殿をお連れしたのですよ」
なるほどな、とジタンは呟いた。それにしても、さすがトットはガーネットの性格をよく見抜いている。トットの見抜いたとおり、ガーネットはジタンに何の一言も告げずにここへ来た。
……ガーネットのことだ。おれに心配をかけまいと何も言わなかったに違いない。
ジタンは、たまらなくなってぎゅっと拳を握った。
ガーネットが何の相談もしてくれなかったことが悲しい。そして、彼女からこのことを打ち明けられるだけの男でなかったことが、腹立たしい。
こんなことなら、無理やりにでも聞き出しておけばよかった……。
だが後悔しても始まらない。クシュハルト邸に、自分もガーネットも来てしまっている。これからガーネットを守ることだけに、専念しなければ。
「でも、どうしておれ一人を連れてきたんだ? そんなに危険なところなら、護衛がいっぱいいたほうが……」
「……残念ながら、腕がたって信頼できてなおかつ口の堅い人材となると、そうはおりませんからな。ベアトリクス将軍をはじめ、そういう人材はガーネット様の護衛につけました。わずか、十名程度です。しかしながらその十名よりもマーカス殿お一人のほうがなお信用がおけるうえに、手練(てだれ)であります。その上ガーネット様を支えることができるとなれば、ヘタな護衛をつけるよりも心強い」
「どうして口が堅くないとだめなんだ?」
「ガーネット様に縁談が持ち上がっているとなれば、あなたの命も危ういこと、おわかりでしょう。けれど、ガーネット様のためにもどうしてもあなたをここへ連れてきたかった……。ちょうど、わたしは周囲のモンスターの様子を探り、ガーネットさまよりも先にこの屋敷に参ってクシュハルト氏とともにガーネット様をお迎えする役目でした。もしあなたがガーネット様とともに飛空挺にてここを訪れれば、出発のときに必ずや城にいるクシュハルト氏の手の者に気づかれ、クシュハルト氏に知らされたでしょう。そうなれば、ガーネット様の危険は確実なものとなる。ですから、わたしとともに来てもらいました。しかし、問題は後にガーネット様と合流した後のことです。誰かがあなたの正体を口外しないとは限らない。ばれれば、ガーネット様も、あなたも、危うい。そういうことです」
さすが大陸に名高いアレクサンドリア宰相。ジタンはトットの手回しのよさにあっけにとられた。けれど、すぐに笑んで礼を言う。
「ありがとう、トット先生」
トットがいなければ、いま自分はここにはいなかっただろう。城で、ガーネットの心配をしながら帰ってこない彼女を待っていたにちがいない。
「なんの。多少なりとも危険が増えようと、あなたがガーネット様のお側におられた方が良いだろうと思ったまでです。さぁ、ガーネット様のお部屋へと参りましょう」
「そうだな。さんざん心配かけた挙句がコレだもんな。ちょっと一回、おれをのけ者にするなと言ってやらなきゃ」
その拗ねた子供のようなジタンの台詞に、トットは笑った。
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