その街には、朝がない。昼がない。光がない。夜すなわち眠るものとすれば夜もない。
ただあるのは、暗闇。暗闇と、暗闇をわずかに照らす燭台の火、そして、人間の欲望。
いまもまた、ちろちろと燃える燭台の火の中に、人間の欲望が放り込まれる。
ところどころ頭に白いものが混じった初老の男は、静かに問うた。
「───……おまえの役目はわかっておろうな?」
燭台の火が放つぼんやりとした光に、壁には大きな影が映し出される。
光りに誘われるようにして、一匹の蝶が舞い込んできた。蝋燭の近くをひらひらと飛ぶ。
蝶の巨大な影は、男の影を呑み込んだ。
それを横目で見遣り、問われた若者は頭を低くして答える。
「……はい」
その答えに満足したように巨大な影は揺れた。
「失敗は、許さん」
「はい」
高圧的に言うと、初老の男は下卑た笑い声をたてた。
「もうすぐ……もうすぐだ……!」
若者は目を細める。
蝶はしばらくの間火の周りを舞って、そしてどこかへと行ってしまった。
初老の男は気がつかない。
下卑た笑いをしながら、さらに欲望を火の中にくべ続ける。
果たして、男の欲望が火の勢いを盛らせるのか、火が男の欲望をさらに燃やすのか────。
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