いつかかえるところ



  ────おれは、何を忘れている?

 遠くでふくろうがないているのを聴きながら、ジタンはしんとした洞窟の中のベッドに座り込んでいた。
 銀髪の青年──クジャは、前に一度目を覚ましてから、一度も目を開けていない。死んだように眠っていて、不安を覚えて何度かのぞきこんで呼吸を確かめたほどだ。
 ミコトは、今夜はまだ来ていない。
いつもならとっくに訪れて、食糧などを置いて帰る頃なのだが、ジタンはそれに気がついていない。深く考え込んだまま、もてあますように尻尾をゆらす。
  おれは、何を忘れているんだろう?
 ミコトが言っていた、戦いのことだろうか。
  ────いいや、ちがう。もっと、たいせつな、なにか……。
 なんだろう。ひどく胸がもやもやとする。
  たいせつな……そう、たいせつで、だいじで、……いとしくて、どうしようもなくて、…………────だめだ、思い出せない。


『それでも……思い出して』


 ミコトの声が頭のなかで響く。それはエコーをともなって、ひどく重たく聴こえた。
 ジタンは無意識に耳をふさいでいた。


『思い出して』

  思い出せない……!

『おもいだして』

  思い出せないんだ……!

『オモイダシテ』

  ────思い出せない!







 夜の風に漆黒の長い髪をもてあそばれながら、ガーネットは『とまって』しまった者たちが眠る、ちいさな、けれども哀しい丘の前に立っていた。
 丘には、新しく突きたてられた、小さな杖。その杖には、先ほど、自分とエーコの二人で白い花を集めてつくった、花輪がかけられている。
 聴こえるのは、ふくろうの羽ばたきや鳴き声のみ。
 風は冷たさをふくんでいるが、ガーネットは夜着しかまとっていない。そんなことはかまわなかった。
 エーコは、宿のベッドで、泣きつかれて眠っている。つい先ほどまで泣きじゃくる彼女を精一杯抱きしめ、悲しみをわかちあっていた。



『これが、彼の望み』

 ミコトがそう言ってわたしたちに見せたもの。それを見て、エーコは驚き悲鳴をあげた。
 ガーネット自身も、危うく悲鳴をあげそうになった。そのかわりに、目を見開いて、それを凝視した。

 そこにあったのは、いや、いたのは─────ビビ。
 
 まぎれもなくビビと同じ姿をした、ちいさな黒魔導師たち。ビビと同じ姿で、同じ服を着た、いくつもの黒魔導師。

その黒魔導師たちは、ガラスケースのような、奇妙な機械の中に入れられていた。
『これは……!?』
『彼に頼まれて、わたしがつくった、黒魔導師たち。イーファの樹の奥底にまだたまっていた霧を集めて、つくったの。これが、彼の望み』
『どういうこと……?』
『自分がもうすぐ『とまって』しまうことに気づいた彼が、わたしに頼んだの。自分と同じような黒魔導師を、つくってくれと。そして……』
 言葉を失ったガーネットたちが呆然とその異様な光景を見つめている間に、ミコトはある機械の前に移動した。
 そして、ビビの体をそっと機械の中に横たえる。
『何をするつもりなの……!?』
エーコが叫ぶ。それを無視して、ミコトは機械のスイッチを、押した……。
『これが、彼の……』
 ─────最後の望み。
ミコトが言い終わるか終わらないか、機械は動き出し、ビビの体は青い光りに包まれた。いや、包まれた、と思った瞬間に、それは瞬時にして、なくなっていた。そして、あとに残されたのは……。
『ビビ!!いやあぁぁぁぁぁぁぁ!』
エーコが悲痛な声をあげる。ガーネットは、声をあげることすらできなかった。
 ビビが横たえられていたところには、ビビがまとっていた服だけが残されていた。
『彼の最後の望み……、それは、自分の中の【霧】をつかって、もう一人黒魔導師をつくりだすこと……』
 呆然としたまま、動かなくなってしまった視線を無理に動かして、ガーネットは、ミコトの視線を追った。
 その先には、新たに生み出された、黒魔導師。
さきほどは、たしかに空だったガラスケースのようなものの中に、黒魔導師が生み出されていたのだ。



 丘に新しく突きたてられた杖にかけられた白い花輪を見つめながら、ガーネットは、きつく瞼を閉じた。
おそらく、今日ほどあの人がいてくれたなら、と思った日はないだろう。
「はやく、かえってきて…………」
 震える唇だけでその名を呼んで、ガーネットは息を吸い込んだ。









  ────……あたまが、割れそうに痛い。

 ジタンは、知らず耳を強くふさいだままベッドにうずくまった。
  わからない。わからない。わからない。わからない。
  おれは何を忘れているんだ?
  おれは、何者なんだ?
  おれは、どうしたらいいんだ?
 頭痛が、いっそう痛みを増した。意識を保っていられないほどのそれに、ますますジタンは身をうずくまらせた。
  ───だれか、おしえてくれ……
 瞼をきつく閉ざし、痛みに耐えるように歯をくいしばった。



 そのときだった。
 ふと、なにかが耳に届いた。
 なにかは、わからない。葉のこすれる音のようにも、人の声のようにも感じられた。
 けれども、たしかに聴こえた。そして、嘘のように頭痛が少しずつひいてゆくのがわかった。
  ───なんだ……?
 きつくふさいでいた両手を耳からはずし、ジタンは耳を澄ました。


 ────ふくろうの羽音、なき声、木の葉が風でこすれる音、小さな虫たちの鳴き声、そして…………───────歌。


      
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