いつかかえるところ



 ────その知らせを聞いて駆けつけたときには、すべてが遅かった。

「ビビ……?」

 整った唇が、呆然と呟く。黒曜石のような瞳が、信じられない、と見開かれた。
 その視線の先には、横たわる小さな体。そして、その体にすがりついて泣く、角をもった小さな少女。
 うまく力の入らない足を半ば引きずるようにして、ガーネットは二人に近づく。
「エーコ……」
その少女が振り向いて自分の姿を認めると、その涙でぬれた顔のまますがりついきた。
 大声で泣く少女を、かがんで抱きしめてなだめながらも、自分もそんな風に大声をあげて泣きたい衝動に駆られた。
けれど、泣かない。震える唇を噛んで、こらえた。
「ビビ……!」
泣きじゃくるエーコを抱きしめたまま、ガーネットは片腕をビビへと差し出した。
その、小さな、もう動かない手に触れる。
 何度も、その小さな手が描き出す魔法に助けられた。やさしく無垢な心に、キレイな気持ちになれた。
 悲しい自分の出生を知っても、強く、そしてやさしく生きた少年────。
 こらえきれずに涙がこぼれて、ガーネットはエーコを抱きしめる腕に力を込めた。
 そのとき、触れていたビビの手が、ガーネットの手から放れた。
ガーネットが顔を上げると、そこには金色の髪と、金色の尻尾をもつ少女が、ビビを抱き上げて立っていた。
「ミコト……?」
「…………。」
 ミコトは無言で、動かないビビを抱えたまま、ゆっくりと二人の側をすり抜けていく。
「まって、ミコト!どこへ……」
ガーネットが呼びかけると、ミコトは足を止め、こころもちこちらを振り返って告げた。
「…………彼の望みを、かなえるの」
  望み?
 そう訊きたかった。けれど、ミコトはすでにビビを抱えたまま部屋を出て行ってしまっていた。
「ビビッ!」
「エーコ!」
 ガーネットの腕の中にいた少女が、ミコトの後を追って走りだす。ガーネットもその後に続いた。




「彼が『とまって』しまう兆しは、あの戦いが終わってすぐに表われはじめた……」
 ビビを抱えて歩きながら、ミコトは言う。
その足は、『とまって』しまった者たちが眠る、あの場所へ、近づいていた。
「待って!ビビを、どうする気なの?」
「言ったでしょう?彼の、最期の望みを叶えるの」
ミコトに追いついたエーコは、その言葉をきいて、少し後を早足でついていきだした。ガーネットはその隣を、歩く。
ミコトは、あの戦いが終わってからずっと秘めてきた、二つのうちの一つを、ゆっくりと語りだした。……もう一つは、いまだガーネットも知らないこと。
「はじめは、ほんのたまに指が言うことをきかなくなった。彼自身も、たいして気にもとめていなかった」
 ……けれど、それはじょじょに頻繁になっていき、そしてその症状も重くなっていった。はじめは指だったのが、一週間後には手全体、一ヵ月後には腕……。同じように、さらに一ヵ月後には足が、思うように動かなくなることがあった。
「ひどい時には、声をかけても気が付かず、体を揺さぶっても、何の反応も返さなかった。少しすると意識を戻すのだけれど、彼自身もその間のことは何も覚えていなくて、それどころか自分が『とまり』かけていたことにも気が付いていなかった……」
 そこまで言って、ミコトは歩みを止めた。
「ここは……」
 ガーネットは思わず呟く。以前この村に来た時にはなかった建物が、目の前にはあった。
『とまって』しまった者たちが眠る、ちいさな丘のすぐ近く。
 石でできたその建物は、まるでひっそりと丘を見守るようにして建てられていた。
「ここは、わたしの家」
 木でできた戸を開けると、きぃ、と音がした。
  ……森の中なのに、石?
 ガーネットは疑問に思った。
普通、家屋などを建てる時には、その土地に豊富にある素材を使う。手に入れやすいからだ。たとえば、この黒魔導師の村の家屋はほとんど木でできているし、マダイン・サリではまわりに木がないので、建物は石でつくられている。
 けれど、ミコトの住まいだというこの建物は、森の中だと言うのに石でできている。しかし、それがかえって、ミコトには合っているような気がした。
 ミコトが家の中に吸い込まれるようにして姿を消す。
 エーコは置いていかれまいと走ってその後を追う。
ガーネットはすこし戸惑いながらも、ゆっくりとその建物に足を踏み入れた。
 その瞬間、


「きゃあああああああああああ!!」


「エーコ!?」
 エーコの悲鳴に驚いてそちらに視線をやる。
 ─────ガーネットは目を見開いて言葉を失った。



      
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