確かに、歌が聴こえる。
きれいな、だけれども、聞いたこともないような旋律の……。
────いや、聞いたことが、ある……?
そうだ、たしかに、聞いたことがある。
きれいな声、この旋律、魂に直接響いてくるかのような、歌────。
けれど、記憶を探っても、見つけられない。
いったい、どこで……。
自然と体は立ち上がり、吸い寄せられるようにして洞穴の外へ向かって歩き出した。まだうまく歩けない足を引きずるようにして、ふらふらになりながらも一歩一歩、確実に歌声へと近づいていく。
洞穴をようやくぬけ、外へ出ると、そこは森の中だった。
上を見上げると、長く見ていなかった満天の星空がある。
ジタンは歌声に意識を集中し、草を踏みしめるようにしてゆっくりと進んだ。
だが、思うようにならない足はまるで先へ進むことを拒むかのように、動かない。ジタンは、その場に倒れた。
「ちく、しょう……!」
動けないジタンを取り残して、歌声は続く。
────行かなければ。
行かなければいけない、なぜかそんなことを思った。同時に、この歌声は自分を待っている、と感じた。
「くっ……!」
腕に力をこめて起き上がろうとするが、やはり体は言うことをきいてくれない。
行かなければ、という想いだけが積もってゆく。
目を閉じると、眠気が襲ってきた。
ほとんど抵抗らしい抵抗をできずに、ジタンは眠りの淵へ落とされていく。
────……声がきこえる。
ジタンは夢の淵でぼんやりとそんなことを思った。
その声が、あの、洞穴で一番初めに目覚めたときに聴いたものと同じものであることがわかった。
────おれを、呼んでいる……
目を開けると、そこは、小さな丘の前だった。
その丘には、無数の杖が突きたてられ、その杖にかけられた帽子や布が、風で踊っていた。
なんともいえなず、悲しくなるところだった。
……そこに、少女がいるのをみた。
その少女を見た瞬間、ジタンは全身になにか電気のようなものがはしったのがわかった。
ジタンがいる位置からは、少女の後ろ姿しか見えない。顔は見えない。
けれど、白い夜着をまとい、見事な黒髪を風にさらわれながら凛と立ち、歌うその姿に、ひどくジタンは既視感を覚えた。
─────だれだ……?
記憶にはない。知らない。……なのに、知っている。この歌も。少女も。
なのに、強烈な既視感とともに、いとしさがこみあげてくる。
だれだ?だれなんだ?
思い出せない。わからない。
……ふと、歌声が震え、そしてやんだ。
見ると、少女はうずくまって肩を震わせていた。
─────……泣いてる……?
彼女が、その立場ゆえに人に涙を見せなくなったことを彼は知らない。彼女もまた、そこに彼がいることを知らなかった。
「ジタン……!」
『─────』
彼女がそう、はっきりと彼の名を呼んだ。
その瞬間、ジタンは目を覚ました。
目覚めると、視界には草しかなかった。
先ほど倒れたままの姿勢で、彼はいた。
夢───……。
歌声はすでに聴こえなかった。
「こんな夜に散歩かい?」
「────っ……!」
突然後ろから声をかけられ、ジタンは驚いて後ろを見る。
「姫、いや、もう女王かな?彼女の歌につられたのか」
そこにいたのは、銀色の髪をなびかせた、クジャ。
「なっ……」
ジタンはその姿を見てさらに驚く。彼は、宙に浮いていたのだ。
「そんなに驚いている暇はないよ、ジタン。ぼくはもう、永くはないからね」
永くはない、とそう自分で言い切ったクジャの顔は、言葉とは反対にあっけらかんとしていた。
「……どういうことだ?」
呆然とジタンが問うと、クジャは笑みを見せた。
「せっかくキミに助けてもらったけれど、ガーランドによって決められたこの命は、もう消えかかっているんだよ。けれど、逝く前に、キミの記憶を取り戻させてもらう。そのために、いままで力を蓄えてきたんだ」
ジタンはどうにか上半身をおこした。そのジタンに、クジャは浮かんだまま近づく。
「……なんで」
いろんな疑問がかけめぐって、ジタンはそれしか言えなかった。
クジャはなにも言わず、ただその右手をジタンへのばした。
「『だれかを助けるのに理由がいるのか』、と言ったのは、キミだよ。まだ理解はできないけれど、こういうことなのか、ともすこし思えるな」
「…………。」
クジャは右手でジタンの頭にそっと触れる。
「……そういえば、まだ礼を言っていなかったね。ぼくを、助けてくれてありがとう。おかげで、こんな風にキミを助ける機会ができた。それに、一人で逝かずにすむ……」
言いながら、クジャはそっとジタンの頭をなでた。
ジタンはどうしていいやらわからずに、困惑する。
そのジタンに一言呟いて、クジャの右手から光が生まれる。
─────……さようなら、ぼくの……弟……。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突然ジタンの脳裏に怒涛のごとく映像が押し寄せてきた。はじめは予告のごとく断片的なつながりのない映像が次々と現れるが、徐々にそれらは長く、意味を持つ映像へと化していく。
「うあ……あああぁぁぁぁ!」
それらは強烈な頭痛とともに押し寄せ、ジタンを掻き乱していく。ジタンはたまらずに悲鳴をあげた。
そのジタンの姿を見ながら、クジャは静かに命を終えていこうとする。命が尽きようとするその体で力を使ったために、もう余力は残っていない。
「ジタン…………────しあわせに」
呟くと、どさりとその場にくずれ落ちる。
その表情は、笑みを浮かべていた……。
痛みと大量の映像に掻き乱されるジタンは、そのことに気づけない。
ただ、叫び声をあげていた。
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