雪月架
おまけ ―その後やっぱり編1―




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薄く開いた唇から、熱い息が洩れる。
胸が苦しそうに上下する。
体が、熱くてだるい。
頭が朦朧としているが、目を開けたとき、そこに彼がいることははっきりとわかった。
「……ジタン?」
声に出して呼んでみたら、かすれた声しか出なかった。ずっと眠っていたせいか。
彼はうつむいていた顔をあげて、わたしの方を見た。
「ガーネット、大丈夫か?……熱は?」
 そっと手をのばして、額の上の濡れた布を取り上げて、彼が手のひらをのせる。
「大丈夫よ。さっきよりもずいぶんと楽になった感じがするもの」
 ひんやりとしたジタンの手が気持ちよい。うかない顔のジタンに、大丈夫だと微笑みかける。
ガーネットは、一年でもっとも寒いとされる二月の寒空のなか、三晩もずっと外に出てジタンの帰りを待っていた。ジタンは彼女のもとへと無事に帰ってきたが、皆が心配した通り、ガーネットは翌日にはひどい熱を出して寝込んでしまっていた。
寝込むガーネットに、ジタンはずっと付き添って離れようとしない。ずっと寝台の横に置いた椅子に座って、ガーネットを心配そうに見つめていた。
ジタンが触れた額は、熱い。
けれど、先ほどよりはだいぶ熱はひいたようだ。
ジタンはすこしホッとして、彼女に尋ねる。
「なにか、して欲しいこととかあるか?」
ガーネットは首を振った。そして、そっと自分の手を額にあるジタンの手に重ねた。
「ガーネット?」
「ジタンの手……冷たくて気持ちいい……」
ジタンはかまっていなかったが、ジタンの手は何度も冷水につけたせいで冷たくなっていた。そのひやりとした手が、熱のある体には気持ちいい。それに、濡れた布よりも、こちらのほうが、落ち着く。ガーネットは目を閉じた。
「へんなの。昨日とは逆だわ」
おかしかったのか、呟くとガーネットはくすくす笑った。
「ああ、そうだな」
つられて、ジタンも苦笑した。
昨日は、ガーネットの方がすっかりと冷えていて、ジタンはその直前にスタイナーと剣を交えたため、温かかった。褥の上で冷たい彼女の体に自分の体温を分け与え、暖めてやったものの、彼女は案の定翌日に高熱を出してしまった。
 ジタンは責任を感じていた。
知っていたら、もっと早くに帰っていた。ぐだぐだ悩んだりせずに、すぐにでも彼女のもとへと戻っていただろう。肝心のガーネットの気持ちを考えずに周りに振り回されて、彼女をこんな目に遭わせてしまった。
「ごめんな……」
額に置いた手でそのまま撫でるように髪を梳いた。ジタンの表情は、うかない。
ガーネットはそっと、手をのばして彼の頬に触れた。
「わたしには、待つことしかできないから……。だから、待っていたの。ジタンが責任を感じることは、全然ないわ」
熱だってなんてことはないのよ、と微笑んで言うけれど、ジタンの表情は心配そうなままだった。
「大丈夫。すぐに良くなるから。そんな顔しないで」
ガーネットの手のひらは、やっぱり熱い。そして、ジタンの頬は、冷たい。
暖めるように、ガーネットはもう一方の手もジタンの頬に伸ばした。両手でジタンの冷たい頬を包み込む。
「………なんか、して欲しいこととか、ないか?」
 ガーネットの手に自分の手を添え、包み返してジタンは尋ねた。
「おまえ、いま病人なんだからさ。普段いろいろといっぱい我慢してるだろ?こういうときくらいたまには、我がまま言ってみろよ」
 言われて、ガーネットは困った。
  ジタンに、して欲しいこと……
 全くない、と言えば、うそになる。いつも心の底から願っていることが、ある。
でもそれは、口に出してはいけないことだと、思う。
だから、他の「我がまま」を考える。
 ガーネットは困った。
眉尻を下げて、本当に「困った」表情をしている彼女を見下ろしながら、ジタンは答えを待った。やがて、
「あ、あのね……」
ガーネットがぽつりと言った。
「ん?なんだ?」
「その……」
 声が、消え入りそうに小さい。
 赤い頬を別の意味でまた赤く染め、ガーネットは口篭もった。そんな顔を見られまいとうつむくが、両手を取られている上にジタンは上からガーネットを見下ろしているので、あまり効果はない。
  なんだなんだ?
その様子が気になって、ジタンは首をかしげた。
「どうした?ガーネット」
「あの、ね」
 ………まくらが欲しいの、とガーネットは呟いた。その声は本当に小さくて、ジタンでも聞き逃してしまいそうなほどだった。
「まくら?」
 ジタンは不思議そうに首をかしげた。枕ならば、いまガーネットの頭の下にふかふかの、アレクサンドリア産最高級物があてられている。
  なのに、枕?
 どうもおかしい。異様に恥ずかしがっている彼女の様子からみても、やっぱりおかしい。これはどういうことなのだろう。
「わかった。どういうのがいいんだ?」
 彼女の手を放し、とにかく枕だな、と思い尋ねると、ガーネットは顔をそむけて、もはや耳まで真赤に染めている。
「ガーネット?」
  いったい、なんなんだ?
 不可解な彼女の言動に、はてなマークが頭上で行進している。
そうこうしていると、ガーネットが蚊の鳴くような声で
「………冷たい、抱きまくら……」
と、そう呟いた。
「冷たい抱き枕?」
  そんなの、この城にあったか?
 考えめぐらしていると、つい、と服が引っ張られた。
見ると、ガーネットの手がジタンの上着の裾を軽く掴んでいる。
「ガーネット?」
ガーネットは答えない。顔を真赤に染めて、視線をそらしてうつむいている。
  なんだ?
わからないまま、なんとなく服のすそを持つガーネットの手に自分の手を重ねてみた。
ガーネットの手は、熱い。そして、自分の手は冷たい。
「ん?冷たい……?」
 ────『………冷たい、抱きまくら………』
 え、とジタンの目がみるみるうちに丸くなった。ガーネットの、うつむいた真赤な顔がジタンの辿り着いた答えを、肯定しているように見える。
「え…っと……」
「あああああのっ!あのねっ、わたしの風邪、うつっちゃうかもなんだけど、でもジタン、そのままだと寒そうだし、わたしも、いつも眠るときジタンが隣にいるからいないとなんていうか落ちつかないし、ジタンの腕って気持ちいいし、あの、ほら、病気の時は人肌が恋しくなるっていうじゃない?だから、その……」
ガーネットは赤い顔のまま早口でまくしたてる。自分でも何を言っているかだんだんとわからなくなってきているが、恥ずかしさがそれ以上にあって、止まらない。ついでに言うなら、病気のときに恋しくなるのは人であって人肌ではない。
「その……ジタンが……いやじゃなかったら……」
 妙に顔を赤く染め下を向いて言う彼女に、ジタンはとりあえず、ぽりぽりと頭を掻いてみた。一見落ち着いて見えるが、内心はかなりどぎまぎしていたりする。
 彼女の突飛なお願い事は、熱のせいだろうか。少なくとも、いつもならこんなふうにかわいく甘えるなんてことはしない。思ってはいても、それを素直に口には出せない。それを知っているから、いつもジタンの方からガーネットを引き寄せにかかるのだ。
甘えたいのを言い出せない彼女もいじらしくてかわいいが、こんなふうにかわいくお願いされると、容赦なく男心が揺さぶられる。
 しかしそうしていたところで解決しないので、
「えっと……んじゃ、抱きまくら、入ります」
我ながらなんかマヌケなセリフだなと思いながらも、なんとなく何か言わずにはこれは行動に移せない。
そっと毛布の中に手をすべらせ、少し持ち上げる。
その間に身を滑り込ませ、寝台の端の方に入った。
ジタンがにじり寄ると、ガーネットはピクンと肩を震わせたが、抵抗はしなかった。
「ほら、ガーネット。腕」
「え?」
 言われて、ガーネットはようやく顔を上げた。ジタンを見上げる瞳は、熱のせいか、潤んでいる。
「抱きまくら、なんだろ?」
ジタンは彼女の腕を取り、自分の背にもっていった。
抱き枕は自分から抱きにいかないよなぁと思いつつも、自分もガーネットの背に腕をまわす。ガーネットの体はいつもやわらかくて、抱き心地が良い。いまは、熱をもってすこし熱いけれど。
 ガーネットはおずおずとジタンの背に手をからめた。
自分から言い出したこととはいえ、熱のせいもあって顔のほてりがひかない。恥ずかしさと顔の火照りのせいでジタンの顔をまともに見ることができなくて、彼の胸に顔を埋める。
 ジタンは、やっぱり冷えていた。
部屋の中には一応暖炉があって、火を焚いているけれど、ジタンのような軽装では冷えてしまう。冷たい体に温もりを分け与えるようにガーネットはジタンに寄り添う。
ジタンの体の冷たさと、鼓動が心地よい。
ややあって静かに訪れてきた眠気に、瞼を閉じる。



ちいさく寝息をたて始めたのを聞き、ジタンは知らず微笑を浮かべた。
そっと手を動かして、さらりと流れるような黒髪を、指で梳く。
そのとき小さく自分の名を呼ぶ声が聴こえた。
ジタンはガーネットの顔を覗き込んでみたが、よく眠っている。どうやら、寝言らしい。
くすりと笑って、ジタンは彼女の頭を抱き込んだ。
「ここにいる。おれは───おまえのそばにいたい」




幸せな、ぬくもりのなか。



        
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