もうすぐ、夜が明ける。
カーテンを締め切った暗い部屋の中、ベアトリクスはひとり静かに立っていた。
その右手には、彼女の家に代々伝わってきた聖剣、セイブ・ザ・クイーンが、抜き身のまま握られている。
鋭く光を放つその聖剣は、その名の通り女王を守るための剣。大ぶりで、見事な装飾を柄と鞘に施されたその剣の起源は、何代も前、ずっと昔に起こった戦争である一人の騎士が身を挺してアレクサンドリア女王を守り、その功績が認められて女王から与えられたものである。
その剣を握りしめ、ベアトリクスは一人静かに目の前にある扉を見つめていた。
……もうすぐ、夜が明ける。
夜が明ければ、ベアトリクスの闘いが待っている。
この城からすでに女王が脱出したことを、できるだけ長くイララ・クシュハルトに感づかせてはならない。
ガーネットには「自分が身代わりに嫁ぐ」と言ったが、ずっと騙しとおせる可能性がとても低いことはベアトリクスにも重々わかっている。
でも、せめて、ガーネットがこのアレクサンドリアを出、誰かの庇護を受けるまでは……。
幸いにして、本来ならば女王は婚礼の式のときまでこの部屋に監禁の身。
これからベアトリクスは、誰もいない部屋に食事を運び、いない方の世話をし、さもこの部屋にその方がいらっしゃるように振舞う……。──すべては偽りごと。全ては秘め事。
そして、あの蝶の鱗紛で人間を操ることができるということは、誰が敵で誰が味方なのか、まったくわからないということ。
誰にも、もう頼れない。
夜が明ければ、己たった一人の闘いが始まる。
「信じるものは、己のみ」
低く呟いて、その手の中の剣を高く掲げた。
カーテンから洩れる、薄い日の出の光が剣に反射し、剣がいっそう光輝く。
その朝の光の中、ベアトリクスは扉を開けた────。
|