L`ord's Prayer
<6>



─主よ、我の願いを聞き届けたまえ─




 ぱらり、と短くなった髪がガーネットの首筋をくすぐった。
「ベアトリクス……」
ガーネットは目を見開き、背後の女性を振り返った。その動作につられて、軽くなった髪が舞う。
 剣で断ち切った髪の房を持つベアトリクスは、真摯な目でガーネットを見つめていた。
「お逃げください。私が身代わりになりますゆえ」
 その言葉に、ガーネットは絶句した。
それは、当然のことであった。ガーネットの身代わりとしてここに残るということは、すなわちベアトリクスがガーネットに成りすましてイララ・クシュハルトと婚姻を結ぶということである。もちろんばれればどういうことになるか、危険すぎて想像もつかない。
「なにを……ベアトリクス!」
「いかにコウジュが剣に優れていようとも、あのジタンがそうやすやすと殺されるはずがありません。彼は先の大戦で世界を救った人間です。きっと、いまもどこかで生きているはず……。ここから逃げのび、彼に会い、そして二人でこの大陸から出るのです。ここへは、二度と戻ってはなりません」
 お逃げください、とベアトリクスはもう一度繰り返した。
その目は、表情は、まさしく武人。主君を──ガーネットをなんとしてでも守ろうとする、騎士の表情であった。
「そんな、そんなことをすれば、ベアトリクスは……!スタイナーは?スタイナーはどうするの?」
 決意固い女将軍をどうにか止めようと、ガーネットは必死に問い掛けた。たとえガーネットのふりをしても、ベアトリクスはベアトリクスである。
心に決めた人がいながら他の人間に嫁がなければならない苦しさは、ガーネットが一番よく知っている。
ベアトリクスは、スタイナーを想っている。そして、今は様変わりしてしまったスタイナーも。
それなのに、
「彼は……今のスタイナーは、スタイナーではありません」
ベアトリクスはきっぱりと言い放った。
迷いのないその表情に、ガーネットの方が、胸が苦しくなった。
「けれど、私はガーネット様の護衛騎士です。私には、ガーネット様をお守りする使命があります」
「そんな……!」
「私がイララ大臣のもとへガーネット様のふりをして嫁ぎます。うまくイララ大臣のおもとへ嫁ぐことさえできれば、相手も下手に公には公表できないでしょう。私は嫁いだ後、ずっと部屋に閉じこもり人に姿を見せなければ良いのです」
揺るがないベアトリクスに、ガーネットはどうすることもできず、ただ首を振った。
「だめよ、ベアトリクス……」
だめだ。自分のためにベアトリクスを犠牲にするなど、絶対にしたくない。
そう思って、ただ首を振った。
「だめよ……」
 いやいやする子供のようにただ首を振るガーネットに、ベアトリクスはふわっと微笑みを浮かべ、そしてやさしく腕に抱きしめた。
「ガーネット様が無理やりあの男のもとへ嫁がされ、そのお心に深い傷を負われるよりも、私はこの方がずっといいのです」
 ですから、と続ける声がガーネットの耳元に響く。
その声はまるで幼い妹に言い聞かせる姉のようで、ガーネットは無意識のうちにまた首を振った。そんな彼女をあやすように、ベアトリクスはガーネットの髪を撫でた。
「お逃げください」






 本当は、ベアトリクスにジタンは生きていると言い切れる自信はなかった。
けれど『ジタンの生存』は、自分をはじめ、アレクサンドリアをこのままにして出ることを拒むガーネットの心を少なからず揺るがすキーワードであるはずだった。
ベアトリクスとて彼の死をほのめかされた時、この目で真実を確かめに行きたいと思ったのだ。ガーネットにその気持ちが芽生えなかったはずがない。そのうえに「彼は生きているはずだ」聞かされれば、ガーネットは彼を想うがゆえ、いてもたってもいられないだろう。
 嘘をついてでも、ベアトリクスはガーネットをこの国から、イララ・クシュハルトの手の届かない場所に逃がしたかった。それが、自分のするべき第一の行動であったから。
ただし、城の外が決して安全なわけではない。
沈静化しないモンスターもいれば、盗賊や人買いもいる。
それでも、ベアトリクスはガーネットを城に留まらせることよりも外へ逃すことに賭けた。無事に逃げ延びてくれることを願って。
  どうか、ご無事で……
 一人きりになった部屋の中で、ベアトリクスは一心に祈りを捧げる。






 あのときと、同じ。
持っている服の中で唯一活動的な黄色いつなぎの服。
顔を隠すためのフードがついた、白いローブ。
いつも身に付けている、大切な宝珠。
息を弾ませて広いホールを駆け抜ける、この、緊張感。
違うのは、肩の上で揺れる髪と、ベアトリクスたちを置いて城を去る悲しみ。
あのときは、これから始まる冒険に少しわくわくしてさえいた。でも今は、悲しみと、不甲斐なさでいっぱいだった。

『ぜったいに、ぜったいに助けに戻ってくるから……!』


ベアトリクスに送り出されるとき、自分にはそれしか言えなかった。
首を横に振りつづけた自分が決意を変えたのは、おとなしく囚われていても状況は全く変わらないと思ったからだ。
そして、なによりもまさった感情、
  ジタンに、会いたい……!
 彼が死んだなんて、ただそう聞かされただけでは信じられない。
 ベアトリクスも言ったように、彼は必ずどこかで今も呼吸をしている。
 彼に会いたい。
 彼がそばにいてくれるだけで、どんな状況だって、大丈夫なんだって思えるから。
自分の国のことなのに結局は自分一人ではどうすることもできない不甲斐なさと申し訳なさ、そして、彼に会いたいという想い。すべてが胸で渦巻いていて、ガーネットは苦しかった。
  ジタン……!
 絶対に次にこの城へと戻る時は、打開策と希望をもって帰ってくるのだと誓いながら、ガーネットはホールを駆け抜けた。
 目指す光はただひとつ。




 ジタンのもとへ。






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