いつかかえるところ




こんなに驚いて、しかも表情にだしたことなんて、これが初めてであろう。

「ジタン……?」
思わず、ミコトは訝しげにその名前を呼ぶ。
 冗談はよせ、と。どうせいつものように、ふざけているのでしょう?と。
 ──けれど、返ってきたのは驚いた声だった。
「おれを、知っているのか?あんた、誰なんだ?……おれは、どうしてここに?」
  ───────記憶が
「……本当に、思い出せないの?」
 ミコトの声は抑揚もなく、あくまで事務的に響く。そのミコトの問いに、ジタンは少しの間視線をさまよわせてから、ゴメン、と答えた。
「……じゃあ、あなたの仲間のことは?」
「仲間?……ブランクに、マーカスにシナにボス……」
「違うわ、その仲間じゃない。あなたとともに、運命と戦った仲間のことよ」
 言われて、ジタンはなにがなんだかわからない、というような表情をした。困惑が見て取れて、ミコトはわずかに視線を落とした。


「……わたしは、ミコト。あなたの、妹みたいなものよ」
 ややあって、そう告げると、ジタンが息を飲む気配が伝わってきた。
「あなたは、イーファーの樹で、あの人を助けようとして、大怪我を負ったの」
「あの人……?」
 見なさい、と言って、ミコトは明かりを持ち上げ、ジタンが寝ているところよりも奥を照らした。

 ───どうして気がつかなかったのだろう。

 そう、ジタンは思った。
 一言で言うなら、まばゆい。
銀の長い髪に、整った顔立ち。まるで暗闇を照らしてしまうかのようなその姿。
 その顔はとても白く、瞼をかたく閉ざしている。
 藁をたくさん敷き詰めて、そしてその上に白いシーツをかぶせた簡単なベッドに横たえられて、その人物はいた。
「こいつは……?」
 首を懸命にその人物のほうへ向けながら、ジタンは問う。
「この人が、クジャ。あなたが助けた人。わたしたちの、いわゆる兄。彼もまた、あなたと同様ひどい怪我を負っているけれど、大丈夫。まだ生きているわ」
「……まだ?」
「……あなたたちを見つけてから、彼はまだ一度も意識を取り戻していない。それに……いつまで生きられるか、わからないわ」
「?……どういうことだ?」
 それは、あなたが記憶を取り戻せばわかることよ。とミコトは言った。
「記憶?」
「……あなたは、記憶を失っている。あの戦いの記憶を……」
「戦い……」
 ええ、とうなずいて、ミコトは話し出した。どこが始まりなのかはわからない、あの戦いのことを……。






 ───記憶とは、失ってしまうものなの?


 二つの月が淡く照らす、黒魔導師の村へと帰る道のりで、ミコトはそんなことを思った。
 彼はやはりあの戦いのことを、なにも覚えてはいなかった。
どんなにミコトがそんな戦いがあったのだと言っても、彼は困惑した顔で、信じられない、そう訴えていた。
 ふくろうの鳴き声がいやに大きく聞こえる。
 道も、いつもよりももっと暗く思えた。
 ……───二ヶ月前のあの日。イーファーの樹が暴走した後、沈黙したそこへミコトはひそかに訪れた。……なぜだか、そこへ行かなければならない気がしたのだ。
 そして、そこで微弱な声を聴いた。
耳で聞くのではなく、頭に直接響く声だった。
 誰のものかまでは弱くてわからなかったが、そんなことができる人物は限られている。ミコトはすぐさまあたりを捜した。幾重にも重なって石化した根をかいくぐり、ときにはよじ登って越え、より声が大きくなるほうを捜していった。───そして、ついに見つけた。
 イーファーの樹の、一番奥深く、……底といってもいい。そこに二人は、ジタンがクジャを庇うように下敷きになって、倒れていた。
 ミコトはすぐさま駆けより、できる限りの手当てを施した。
庇ったぶん、とくにジタンの怪我はひどく、全身を強く打ってあちこちの骨が折れ、血にまみれていた。それでも死ななかったのは、彼自身の運と、出生のおかげだろう。少なくとも、ガイアの人間であれば即死だったはずだ。
 できる限りの手当てをした後、ミコトは迷った末にクジャを先に運び出した。
ジタンは確かに重症だが、クジャも怪我は重く、そのうえもしガイアの人間たちがジタンを助けに来たとき、見つかれば間違いなくクジャは殺されるであろうから。
 ミコトはクジャをどうにか抱えて、ふくろうの森まで帰った。
意識のない人間、それも男を運ぶのは想像を絶する重労働で、いつもなら二、三時間で帰れる道のりを、半日かけて戻った。
 しかし、クジャをあの黒魔導師の村へ連れて行くことはしなかった。彼らはクジャによって作られ、操られ、仲間を大勢失ったのだ。今は平穏に暮らしているあの村へ運び込むことはいけないのだと、人間の感情に疎いミコトでも感じた。
 そして、思いついたのが、あの場所。
 ふくろうの森の中で、あの村の者たちも知らない洞穴を、ミコトは以前見つけたのだ。
洞穴の中は湿ってはいたが、二人を横たえられるぐらいの広さはあるし、外よりもましだろう。
それに、なによりもモンスターの気配があたりになく、ここならば安全だろうと思ったのだ。
 クジャを洞穴に横たえると、今度はジタンの番だった。
体は疲労を訴えて動きを一段と鈍くしたが、骨が折れている彼をできるだけそっと運ぶのは、さらに労力を要した。
 わたし、なぜこんなに必死になって彼を助けようとしているの?
なんどもそう思った。
だが答えは出ず、また彼を野ざらしにもできなかった。
夕日を浴びて進み、星の光の下でしばし体を休め、朝日を浴びるころにようやくクジャの隣に彼を横たえ、そしてミコト自身も深い眠りについた。
 そして目覚めたその夜、村からこっそりとたくさんのものを洞穴に運び込んだ。
 水や布、包帯にたくさんの薬草、なかでも、一番大変だったのは、チョコボの小屋から藁を運ぶことだった。
 あの長い名前の変な生き物は気配に敏感で、さすがのミコトも苦労した。
一度見つかって、クェッ!と大きな声で鳴かれ、黒魔導師が起きてきたこともある。ミコトはどうにか隠れて見つからずにすんだが、その時は本当になぜわたしがこんなことをしなければならないのか、と思ったものだ。
 ……今では、村が寝静まった夜更けに彼らの様子を見に行くのが日課となっている。
「けれど……」
 ミコトは呟き、そして立ち止まり、彼らがいる洞穴を振り返る。
「記憶を取り戻す方法なんて、知らないわ」
 心なしか憂いを孕んだその声を聴いたのは、森のふくろうたちだけだった。




      
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