BLISS
1
拍手喝采が飛び交う中、互いに強く抱きしめあった。
まわりも何も、誰も目には入らなかった。
ただ、彼が腕の中に確かにいるということ。
それを確かなものとして感じようと、すがるように彼の胸に顔をうずめる。
「背……のびたのね」
「ああ」
あのころ自分より少しだけ高かった目線は、わたしを間近で見下ろすことができるほどに高くなっている。
「……声、すこし低くなったのね」
「そうかな?」
ええ、とうなずいてガーネットは目を閉じた。彼のやさしく髪に触れてくる手のひらが心地よくて、彼の鼓動を刻む音を聞いていたくて、彼の胸に耳をあてた。
「ここに、いるのよね?嘘じゃ、ないのよね?」
「……信じられない?」
すこし困ったような声。
その原因はあなたにあるのよ、と言いたくて、だって、と呟く。
「だって、ずっと……ずっと、長い間、かえってこなかったわ。わたし、何度も夢で見たのよ。あなたがかえってくる夢を……。だから、これも夢で、いつか夢から覚めてしまうんじゃないかって……」
自分でも子供のようだと思うけれど、それでも、どうしても不安をぬぐえない自分の気持ちをわかってもらいたくて、そうして言葉をつむぐ。
「……困ったな」
すこし体を離して、わたしを見おろすその表情は、言葉とはうらはらに、いたずらな笑みが浮かんでいた。
「こんな公衆の面前じゃなかったら、今すぐにでも夢じゃないって教えられるんだけどな」
「え?」
どういうことだろう、と彼の言葉の意味を考えた。
すると、不思議そうな表情になってしまったのだろう。彼はちょっと困ったような表情になった。
「そういうとこは、変わってないのな……」
「……なにが?」
ますます不思議そうな顔になったわたしへ彼はいいや、と呟いて、
「ほら、みんなのところへ行こう。奴らも、話したくてうずうずしてるんじゃないかな」
言いながら、彼の手はわたしの腕をすべり落ちて、わたしの手のひらをあたたかく包んだ。
「?ええ、そうね……」
温もりが離れてしまったぶん、その手を強く握り合って、自分たちは依然暖かい笑顔でこちらを見守ってくれている仲間たちのところへとゆっくり向かった。
その夜は、ふたつの宴がアレクサンドリア城で開かれた。
ひとつは、ガーネット女王陛下の誕生日を祝して城の大広間で盛大な宴が、もうひとつは、小さな部屋で、ひとりの青年の無事を祝う宴がごくひそやかに行われた。
ガーネット女王陛下の誕生日を祝う宴では、霧の大陸の国々からたくさんの王族や貴族が集まり麗しい女王陛下に挨拶や祝辞をのべ、アレクサンドリア城で一番の広さの大広間は着飾った者たちであふれかえった。
「このたびは誠におめでとうございます。これからのアレクサンドリアと、そして女王陛下のますますのご発展をお祈りしております」
「ありがとうございます」
ひっきりなしに祝辞を述べてくる貴族たちに笑みを返しながら、ガーネットは密かに溜息をついた。
次々と声をかけてくる貴族たちを笑顔で流しながら、どこかうわのそらだ。
頭のどこかでいつも、彼のことを考えている。
『エーコ、ちょっとジタンのところにいってくるっ!』
はじめはシド大公の正式な養女としてガーネットの誕生祝いの宴へ出席していたエーコだが、先ほどシド大公に挨拶をしていた時に、そう言って広間から走って出て行ってしまった。
『やれやれ、せっかくいままで公女らしくおしとやかにがんばっていたのに……。まあ、無理もあるまいな』
シドはそう言って、ガーネットに苦笑して見せた。
『あなたも本当は行きたいでしょうに……』
そうやさしくガーネットに言ったのは、シドの隣にいた美しい女性、ヒルダ。
『……わたくしには、責務がありますから』
その時にはそう二人に返したが、本当は、いますぐにでも抜け出したくて、たまらなかった。
「だって……だって、まだ、ほんの少ししか、お話ししてないわ……」
あの、なにもかもを振り払って互いを抱きしめあったあの時。あのほんのわずかな時しか、まだまともに話をしていなかった。
あの後、共に戦い抜いた仲間たちのもとへいくと同時に、彼らはどっと二人を囲み、どれが誰の声かも分からぬほどに騒ぎ合った。ようやくすこし落ち着いたところで誰かが今晩は宴を開こう、と言い出し、その場所にガーネットは城の中の私室を提案したのだが、スタイナーの断固とした反対にあい、内輪のみということもあって結局城内の端に位置する小部屋で開くことになった。
けれど、もとよりガーネットはその宴にでることは許されなかった。大陸中の王族や貴族が自分のために集まるというのに、当の自分が出席しないではガーネット自身が、ひいてはアレクサンドリア自体が侮られることにつながってしまう。
そう頭ではわかっていても、つないだままの手を放すことができずにいると、彼が悪戯っぽく微笑んで、唇をガーネットの耳元に寄せてささやいた。
『そんなに、オレと一緒にいたい?』
『なっ……!』
突然の不意打ちと、耳にかかった息に、ガーネットは顔を染めて彼から離れた。
『あ、その反応はひどいなぁ』
笑って言う、そのからかいに満ちた言葉。
その変わらないところに、ガーネットはつい、
『わ、わたくしは今から大切な仕事がありますの!残念ですがあなたといる暇はありませんわ!』
行きましょう、と側にいたベアトリクスを促して、ほとんど売り言葉に買い言葉状態で背を向けてしまった。
……いま思い返しても、溜息が出てくる。
やっと、決して短くはない時間を超えて逢えたというのに、どうして彼はああも変わらないのか。
外見ならば、いわゆる少年から青年へと、確実に変化している。背も高くなったし、声も低くなった。肩幅が広くなって、手などもうすでに自分のそれよりもかなり大きかった。そして雰囲気も、前は前向きさと行動力が前面に出ていたのに対し、すこし落ち着いたものになっている。
ふと、もう今は彼のぬくもりが消えてしまった自分の手を見やる。
まるで子供のようにつないだ手を放すことができなかった自分。
───けれど、彼は、違うのだろうか。
簡単に、なんの感情も感じないまま、手を放すことができたのだろうか……。
そう考えると、胸がずきりと痛んで、ガーネットは思わず眉根を寄せた。
その日、結局ガーネットは夜遅くまで貴族たちの祝辞につきあわされ、彼が帰ってきた祝いの宴に行くことは叶わなかった。
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