「ビビ……」
二人が去ったのを見届けてから、ジタンは木の幹に潜めていた体を、月の光の中に現した。
ゆっくりとちいさな丘の前に立ち、その新しく突きたてられた杖の前にかがみこむ。
「ごめんな……。最期、ついててやれなくて……」
語りかけるようにして、ジタンは言葉をつむいだ。
最後に別れたあと、自分がどういうふうに過ごしてきたかを、報告のように語った。
……少しすると、ふいに、後ろから気配が近づいてくるのがわかった。……それがだれかも。
「クジャは……逝ったぜ」
振り向かないままそう告げると、
「……そう」
とだけ彼女は返した。
「おまえにも、礼を言っとくな。おれを助けてくれて、……ありがとう」
「…………。」
記憶が戻ったのね、とはミコトは言わなかった。予想はできていたからだ。
魂を与えられたジェノムとしての力で、クジャが死んだことは伝わってきていた。その事実と、前に言われた言葉を合わせて考えると、クジャが、自分の命が縮もうとも、彼の記憶を戻したのであろうことが予想できた。
なにがクジャにそうさせたのかは、わからないけれど。
「……彼女には、逢わないの?」
「…………。」
ミコトは、ガーネットがここに一人で来たときからずっと家の窓から見ていた。彼が来て、その身を木の幹に潜めていたのも見ている。
「……あえない」
少しの間考えて、ジタンはそう口にした。
「どうして?」
「いまは……おれには、その資格はない」
「資格?」
ああ、と答えて、ジタンはそれきり口を閉ざした。ミコトもそれ以上訊こうとはせずに、二人の間に沈黙がおりる。
やがて、口を開いたのはジタンだった。
「おれのことは、ダガーたちには、黙っててくれ」
静かに言うと、ジタンはその場から立ち上がった。
「……言ってはいないけれど、なぜ?」
「旅に出る。……無事に戻ってこられるかは、わからない。もちろん、ダガーのもとへかえるつもりではいるけど。二度も悲しませるなんて、させたくないからな」
言って、ジタンは振り返る。ゆっくりと、歩き出す……。
このまま、旅立つつもりなのだろう。
ミコトとすれ違う瞬間に、ジタンはそっと彼女に告げた。
「クジャの、最後の望みだ。───『自分の存在を、覚えていてくれ』」と───。
ミコトはその場に立ち尽くし、そしてジタンはその横をすり抜けて行く。
────事故とはいえ、忘れていたんだ。
それ故、ジタンは今はガーネットの前に姿を現さないでおくことを決めた。
────やっぱり、本人をまのあたりにすると、かなり揺らいだけどな。
歩く足は止めないまま、ジタンは一人苦笑する。やさしい風が頬を撫ぜ、髪を少し乱していった。
……記憶を取り戻したとはいえ、まだ部分的に抜け落ちている個所がある。それを埋めるためにも、ガーランドの手から放れた世界がどうなっているのかを見るためにも、ジタンは旅に出ることに決めた。
────旅から無事に戻ってこれたら、彼女の前に姿を現すことが許される気がした。
そして、ジタンは、ミコトに告げたとおりに、旅へ出た。
イーファの樹、コンデヤ・パタ、マダイン・サリ、第二の大陸、忘れられた大陸………仲間たちと旅をしたその地を、その足で、時にはチョコに乗って、長い時間をかけてめぐって──────────
──────────そして、かえってきた。
『ねえ、どうしてたすかったの……?』
『たすかったんじゃないさ。生きようとしたんだ。
……いつかかえるところにかえるために』
『だから……うたったんだ。あのうたを……』
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