あなたのぬくもり

-Lode Star-

(1)






 彼の指がそっとわたしの髪に触れ、そのままやさしく髪を梳いてゆく。
それが心地よくて、わたしは彼の胸にもたれて目を閉じる。目を閉じると彼の心の音が耳を通してなおいっそう伝わってきて、まるでそれは子守唄のようにやさしい眠りに導いていく。
柔らかなシーツの感触も、もたれかかっている彼の体温も素肌も、心の音も、静かに部屋に差し込んでいる月の光も、なにもかもがやさしくて心地よくて、そのすべてがわたしを眠りへといざなっている。
 そんなわたしを見てか、気配で彼が、おや、という表情になるのがわかった。
 少し低くなった声。伸びた背。たくましくなった腕。けれど、あの頃とまったく変わらずに、この心の音はゆっくりと鳴りつづけている。このぬくもりも。
「ねぇ、ジタン……」
 ん?と彼は返事をした。その声はささやくように小さく、耳にここちよく、いっそうの眠りへといざなう。
 心地よい夢の中へと半ば意識をあずけながらも、わたしは彼を見上げた。
部屋の中に差し込んだ月光で彼の髪は明るい金色に輝いている。そのまぶしさに、思わず目を細めた。
わたしが言葉をつむごうと口を開くその前に、彼はわたしの唇に軽く触れてきた。
「もう、ちゃんと聞いて」
まるで幼い子供を寝かしつけるかのようなその仕草に、赤くなりながら小さく抗議をあげる。
 その反応が面白いのか、彼は唇に笑みを浮かべたままで、聞いてるよ、と返す。
「なに?」
 わたしが言おうとしていること、訊こうとしていることを予想しているだろうに、彼は自分からは何も言わない。言ってくれない。
意地悪だ、とガーネットは思う。


「ねぇ、どうして助かったの……?」







 決して短くはない、互いに離れ離れになって過ごしたこの歳月。

人前では笑顔を見せながらも、夜になるとひとりになると自然と涙がこぼれてくるときもあった。
 イーファの樹の周辺は悲惨で、人が生き延びていられるような場所ではない状態だという報告をもたらされ、もう生きてはいないのかもしれないと、何度あきらめかけただろう。
彼の顔を、声を、仕種を、口調を、眼差しを思い出すたびに、あの、記憶の歌が自然と口をついて出ていた。
 まるで祈りのように、自分に言い聞かせるように、悲しみに沈んではあの歌を歌った。悲しみに負けてしまわないように、望みを捨ててしまわないように。
 そうして長い月日戦いつづけ、ようやっと、逢えた。
 やっと、触れることができた。
 それが叶ったのは、まだ一日もまえのことではない。
   ねえ、逢いたかったの、わたし。
  あなたにずっと、逢いたかったの。触れたかったの。
 離れていた時間を取り戻そうとするかのように、互いに子供のように相手のぬくもりを欲しがった。彼が生きて、いま、ともに在るのだと自分自身に刻みつけたくて。体という境界線があることさえ厭って。
 けれど、時々ふと心に浮かぶことがあった。

 ───あなたは、どうして助かったの?

 ───助かったのなら、どうしてすぐに姿を現してくれなかったの?
 ───この離れていた歳月を、どこで、だれと、どんなふうに過ごしていたの?





 声にだして尋ねると、彼はすこしの間言葉を選ぶように黙り込んだ。
やがて、助かったんじゃないさ、と呟いたのは、彼がわたしの額に自分の額をあわせた時だった。
「生きようとしたんだ。……いつか帰るところにかえるために」
 言葉を一つずつ選びながら、ゆっくりと告げる彼を、わたしはじっと見つめる。やさしく笑んだままの唇が、だから、と動いて、わたしの額におとされる。そしてそれは、そのままゆっくりとすべり落ちて、わたしの耳元へ。
「うたったんだ…………あのうたを」
 ささやかれたその言葉に、わたしは目を大きく開けて彼を見つめた。
そんなわたしを見て、すこし照れたように彼は笑うと、唇をさらに下へとすべらせる。
白い肌の上をつたってやさしく、ときに強く、彼はわたしの肌に彼の存在を刻みつける。
 その確かなあたたかさ、熱さを感じながら、わたしはもどかしくて彼の背に腕を回し、強く抱きしめた。
「ダガー?」

 不思議そうに彼があの頃の名でわたしを呼ぶ。
「うれしいの……」
 うれしい。彼が、あの唯一幼い頃の記憶に残されていた歌を、うたっていてくれたことが。うれしさが、心から湧き上がってくるほどに。
 わたしも、彼を思い出してはうたっていたのだから。
 離れていてもつながっていたものがあったのだとわかって、うれしい。
「泣いてるのか?」
 直接からだに響いてくるような声に、ううん、と首を振った。それとともに、雫がこぼれ落ちて、彼の肩に透明な雫がかかる。
「うれしいの。あなたに、逢えたことが。いまこうしていられることが」
 不謹慎かもしれない、いけないことなのかもしれない。
 けれど、すべてのめぐりあわせに感謝したい、とそう心から思った。
 たとえ母の過ちがきっかけであったとしても、この星が危機に陥ろうとしたことが始まりであったとしても、いま、このすべて、彼とともにいられる今を導いてくれためぐりあわせに、深い感謝を────。








   いまは、泣いてもいいのよね?
 
  だって、あなた言ったわ。泣きたいときは胸をかしてくれるって。


 なにもかもをかなぐり捨てて彼の腕に飛び込み、彼のぬくもりを肌で感じ、長い間出口を塞がれていた涙たちが止まることを知らないかのように流れ落ちて、そうしてやっと、彼の腕のなかで気が付いたこと。

─────『わたしは、あなたとともに在りたい』。






           

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